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ウメちゃん

Author:ウメちゃん
タイで夜遊びして20年プーケットに移住して12年 バーを開いて9年 日本人でただ一人でバーを現在も経営し毎晩夜の町で働くからこそわかるリアルタイムな夜遊び風俗情報です。パトンビーチのゴーゴーバー、オープンバーからプーケットタウンの連れ出しカラオケキャバクラ モデルクラブ、エロマッサージ、マッサージパーラー等夜遊び風俗をご案内します。一緒に夜遊びでかけましょう。よろしくお願いします
経歴
・高校卒業後東京に行きたがため、、東京の三流大学に進学
・幼いころからしていたスキーに打ち込むため 体育会スキー部に入る。
・大学在学中は勉強もせずスキーばかりしていた。厳しい部活で鍛えられる。
・何とか4年で卒業、、就職もせずスキーのイントラになる。
・たまたまバイトしていた。三井物産スポーツ株に就職
・スキー選手のスキー用具のサポートをする部署に配属
・スキーのナショナルチームのサポートで世界のスキー場を転戦!
・30歳代後半、大失恋、会社の倒産で苦境の時をすごす。
・サロモン&テーラーメイド株に再就職 同じマーケティングの部署に付く
1995年はじめてプーケットに上陸
・それから夏暇なのをいいことに年7回~10回毎年2か月くらいはプーケットに滞在
・津波は間一髪で逃れるが。。そのときの彼女は行方不明 3ヶ月後に発見!
・タイ人の彼女を日本に連れて行き実家の両親に合わせる。
・しかし、多々事情で結婚を断念、破局!
・でもプーケットの夜遊びはやめられない。
・プーケット日本人向けフリーペーパー 『プーケットウォーク』で
 『ウメちゃんのプーケットナイトライフ』を連載開始
  同時にメールマガジン発信
・連載するうちに読者からの質問を受けるようになる。
・ウインタースポーツの低迷で務めいていた会社が人員整理開始
 リストラで退社
・プーケットに移住を計画
2006年 20年間以上の東京生活にピリオド
大学⇒スキーインストラクター⇒三井物産スポーツ
⇒サロモン&テーラーメイド⇒アメヤスポーツジャパン⇒退社
⇒移住
2006年退社後3ヶ月で移住 
 『プーケット プロモーション サービス』を設立
 労働ビザ ワークパーメントを取得
・会社はできたが毎日飛び込み営業、、プーケット中を駆け巡る!
・夜遊びにも拍車がかかり夜な夜な夜の街へ、、、、、、、
・フリーペーパー、メルマガの連載記事の読者からの質問などが増え始める。
2007年
・仕事が起動に乗り始めるが、まだまだ!
・毎日バイクで大手ホテル、デベロッパーへ飛び込み営業の苦境の日々
2008年『ウメちゃんのナイトライフ』ブログを開設
・昼は飛び込み営業&ビデオ製作 夜はナイトライフツアーの生活が始まる。
・大手宣伝代理店、プーケット最大のディスコと契約
・大手のホテルから夜の天使の誕生会まで何でもDVD、PHの映像にする!

2008年サンドバーを開業!
 同時に宣伝、ビデオ製作等、ナイトライフツアー
 のほかサンドバーのマネージメントのバーの労働許可も取得
・サンドエンターテーメント株の取締役になる。
2013年9月
サンドバー ソイ シードラゴンへ移転

昼のプーケットと夜のプーケットを休みなく駆け回るウメちゃん。
ウメちゃんの人生はこれからどうなる?
笑顔を絶やさず頑張ります!!

ウメのプロフィールを詳しく見るここクリック!

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タイのバンコクコールセンターで9万円で働く人たちの本読そして自分のタイの生活を考えるふりかえる

2017/12/03 20:10:54 | ウメちゃん コラム | コメント:0件

12月に入りプーケットもハイシーズンになってきて夜遊びも昼遊びもさかんな毎日です。インターネットでタイのバンコクのコールセンターで働く日本人人たちの本を見つけて気になったので色々検索してみました。(さすがにプーケット日本屋はないのでまだ読んでいませんですので著者のコメントとかを読みました)

何を隠そうウメもプーケットに来て会社を興して2年ぐらい全然稼げないころに、「何とかしなけらばいけない、このままでは日本に帰れない、どうしよう』と悩んだ時にバンコクのコールセンターの話を耳にして問い合わせをしたことがあります。
海外に移住して会社を興し、色々始めると出費ばかりで入金はほとんどなく貯金がみるみる減っていきます。
ウメが夜遊びしていたせいでお金が減るもも早かったのかもしれませんが(笑い)その夜遊びのおかげで今なお10年以上もタイプーケットに住んでいるのですから今考えると先行投資だったのかもしれません。

色々記事を読んで、、タイでの自分の生活をちょっと考えて見ました。
タイはスーパー二重社会、お金持ちと、そうでないところはっきり分かれています。近年はかなり賃金も上がり物価高になっていますがやはり生活水準は結構低い人たちが沢山いると思います。夜の町で働く女の子たちも稼げる子、稼げない子でかなりの差が出てきます。でもタイ人はその格差をあまり気にしないように生活してる気がします。

この本の著者の水谷さんがい言ってましたが『日本ではこうあるべきとゆう圧力がありそれにれ押しつぶされることがあるのでは?幸せの定義は、本来さまざまです。男性なら「良い大学を出て良い会社に入り、妻は専業主婦。近郊に家を買って子どもは2人」といった、現実には少数しか存在しなくなった理想像に固執すると、閉塞感は増すばかりです』

ウメもプーケットに来て収入が無く貯金は減る一方ですが、プーケットまで来て起業したのだからこうあるべきとよく考えていました。毎日中古のバイクで島中を回り飛び込み営業して注文が取れなくても『頑張っている』と思い込んでいました。

その時期ウメは一人のタイ人女性と一緒に住んでいました。(もう8年も前の話ですこの話はまた書きます)ウメが収入がなくなると、「あんた一人ぐらい私が養ってあげる』と言い夜の町へ働きに出かけました。ウメも夜の町で働く意味はよくわかっています。タイ人の男性にはよくある事ですが、流石にこの生活は結構精神的につらくこの時期にコールセンターの仕事に問い合わせをしました。

でもタイプーケットで生活していて周りのタイ人がお金が無くても楽しそうに生活していて、日本人のウメがタイ人が住むエリアに一人でいても気さくに話して一緒に飲んでいると日本人の感覚のこうあるべきがちょっと変わってきました。
それとタイ人は周りに生活にあまり関心を示しません、ウメが昼間まで寝てようが、朝まで飲んでいようが近所や周りのタイ人は殆ど無関心です。仕事も仕事内容も生活も日本人としてこうあるべきじゃなく、住む場所住む国によって色々こうあるべきがあるんじゃないだろうか! もちろん日本人としての気持ちやほこりを持ちながらですが、環境が変われば自分も変わらないといけないと思いました。仕事も少しずつ入るようになったのはこんな事を思い始めた頃でした。

よく夜遊びツアーのお客さんに『ウメちゃん夜遊びブログに自分の写真張り付けているの人見ないよ』と言われます。
コールセンターに問い合わせてから1年くらいたちこの時期から昼間のビデオの仕事以外にバーの経営や夜遊びツアーを始め。自分をしっかりお客さんに見てもらおうと最初から写真は張り出しています。

ウメも来年は54歳になります。プーケットに移り住んだのは40代前半これからも自分なりのこうあるべきで生きていきたいと思います。

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